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すっかり遊びに染まった高校時代

さあ、このあたりからぼくの人生が微妙にずれてきます。

市川学園は中学校もあるので、エスカレーター式に高校に上がってきた連中がクラスの8割ほどを占めます。
やつらは温室育ちで遊びなんかまったく知らないぼくがおもしろかったのか、「帰りにボーリング行こうぜ」「俺の家に遊びに来いよ」と耳元で甘くささやき、純なぼくに悪いことをたくさん教えてくれました。

ぼくは遊びにすっかりはまってしまい、入学当時クラスで2番だった成績が2学期の中間テストではビリから数えて何番目です。

親も担任の先生も怒る、怒る......。高校2年の後半からはこれではまずい、と思い勉強しだしましたがときすでに遅く、国立の医学部どころではありません。当然、浪人しました。ここで馬鹿なぼくもやっと気づきます。「ああ、つけはきっちりまわってくるんだ」と。

もう、怠け体質となってしまったぼくは昔のように必死に勉強することができず、やっとこさ北里大学医学部の1次試験に合格。しかし2次試験(面接、小論文)で不合格

集団面接でしゃべりまくったのがまずかったのかなあ。いっしょに面接をうけた連中は「君は絶対うかるよ」つて言ってくれたんだけどなあ。


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